いまでは20代女性も、お決まりのように言う。
「キャリーのファッションやライフスタイルには憧れる、でもああ(負け犬)はなりたくない」と。
ただ、S氏の「負け犬」が世に出る03年秋までは、日本でキャリーのような女性達にフォーカスした本やドラマは、ほとんどなかったと言っていい。
SATCが初めてアメリカで放映されたのは、98年。
企画段階はもっと前だろう。
日本の負け犬ブームは、5年以上遅れてやって来たわけだ。
私は映画学科出身なので、時々「映画を観てコメントを寄せてください」といった仕事の依頼も受ける。
09年2月に試写を観た『I』は、ヘレン演じるエイプリル(39歳)が、母からの結婚プレッシャーを受けて子作りを焦り、頼りない男と“アラフォー婚”をする、というシーンから始まる。
まさに、日本で08年の流行語大賞をとったアラフォーの姿そのまま。
ただし結末では、「日本の女性はまだ、ここまではできないな」という、エコ恋愛の最先端が描かれていた。
これもまた、日本の数年後の姿かもしれないが。
などと考えると、20〜30代男女の生き様、とくに恋愛観や結婚観は、多分にアメリカなど西欧の影響を受け、似た流れにありそうだ。
そこでまず、アメリカにおける男女の意識変化について見てみよう。
日本女性が「オバタリアン」「オヤジギャル」「働きマン」など、どんどんたくましくなっていく一方で、男性が「マスオさん」「アッシー、メッシー、ミツグくん」「フェミ男」など草食化していく様子をご紹介した。
こうした流れは、アメリカにも見られたようだ。
女性の自立や自己主張に大きな影響を与えたのは、なんと言っても60年代後半、全米で起こった“ウーマンーリブ(女性解放運動)”だろう。
運動を率いたのは、ジャーナリストのB。
63年に出版したベストセラー『A』で一躍その名を知られ、全米女性機構(NOW)を発足させた女性だ。
同著によると、それまではアメリカでさえ「郊外の一軒家で豊かなモノに囲まれ、夫と子どもの世話をして暮らすのが、女の一番の幸せ」と言われていた、とのこと。
だが、ベトナム戦争(60〜75年)の反戦運動の影響で、旧来の男中心の社会を疑問視する声が高まった。
ウーマンリブもその1つだったと見られる。
Bは言った。
いわゆる専業主婦志向は、女性を“人形の家”に押し込めるものに過ぎない、と。
自分も人形の家の住人だった、でも女性もこれからは外に出て働いて経済的に自立することで、人間として自立しよう、と。
日本も、これに無関心だったわけではない。
70年代、ウーマンーリブの影響で「女性解放」を叫ぶデモが各地で開催され、それなりに盛り上がったのだ。
ただ欧米ほど広がりを見せなかったのは、時代がまだそこまで追いついていなかったから。
70年代の日本には、女性が一生働ける職場などほとんどなかった。
子持ちの主婦となればなおさらだ。
専業主婦の憂うつと自立への葛藤をドラマ化した『K』は、84年の放映。
子連れ出勤の是非を問う「A論争」も、80年代後半の出来事だ。
Bが言う“経済的な自立”の実現までに、日本では十数年以上の歳月を要した、と見ていい。
時を同じくして、アメリカにはもう1つ大きなムーブメントが起こった。
それが“ヒッピー”。
誰もがイメージするのは、だらりとした長髪にヒゲ、バンダナ、ベルボトム、といった出で立ちだろう。
生まれたきっかけは、やはりベトナム反戦運動やサンフランシスコの貧民街で起こった黒人暴動だが、その主張を決定的にしたのは、69年にビートルズのジョン・レノンとヨーコが行なった「ベッド・イン」。
ご覧になった方も多いはずだ。
2人がアムステルダムのホテルのベッドに入り、「ラブ&ピース(反戦と平和、愛)」を唱えたイベント。
執拗に自分達を追い掛け回すマスコミに対し、公開セックスをすると見せかけて平和を呼びかけたのだが、この「ラブ&ピース」こそ、ヒッピー用語の1つだった。
旧来の弱肉強食の価値観を嫌い、平和と自然を愛する、それがヒッピーの主張。
こちらも、日本に大きな影響を与えた。
フォークソングやベルボトムのジーンズは60〜70年代に大流行したし、競争社会に疑問を投げかける行動は、20代の親世代“シラケ世代”の誕生にも象徴される。
また、放浪癖もあったヒッピーは、映画『O』の寅さんに代表される“フーテン”にも相通ずる。
実際、70年代はヒッピーとフーテンが同列で語られることも多かったようだ。
でも、やっぱり違う。
今回、当時のヒッピーの写真を眺めて、改めてこう思った。
「ヒッピーはフーテンより、もっとオシャレだ。
それに、自分なりの主張を、独自の最新ファッションでも表現している。
うーん、何かに似ているな」と。
やがてひらめいた。
そうだ、草食系男子に似ていないか……。
草食系の「クルマは、環境に悪いから要らない」「もったいないからレンタルでいい」との姿勢は、「自然環境(エコ)を尊び、要らないものは買わない、持たない」といったヒッピーの思想に似ている。
また「とりあえずビール」など、旧来の伝統や価値観を否定する点、「カノジョには絶対縛られたくない」と、自由を第一に考える点、「友達のカノジョ?好きになってもコクらないですよ。
ケンカしたくないんで」とリスクや争いを嫌い、仲間や平和を愛する点もそっくり。
放浪癖を除けば、ヒッピーはまさに草食系男子そのものだ。
ヒッピーの一部は、行き過ぎた快楽主義から、マリファナやLSD、フリーセックスに溺れてしまった。
Dが監督・主演した映画『E』(69年)でも描かれたとおりだ。
ただ一般には、男女の性差を必要以上に意識せず、同じ楽園の住民であるかのごとく付き合いを続けるヒッピーのほうが多かった。
「言われてみれば、当時のヒッピーは草食系男子に似ているかもしれない」と話すのは、70年代にアメリカ・ニューヨーク州の州立大学を卒業、その後帰国してベストセラー『M』などの編集にも携わった、翻訳家のH氏だ。
彼は言う。
「当時のニューヨークでは、男女が友達同士として何の抵抗もなくルームシェアしていたし、男女2人きりになったからといって、必ずしも『エッチしないのはおかしい』と見られなかった。
たぶん男女であることを意識しすぎない、クールな時代だったんです」弱肉強食の争いに疲れていた、60年代後半〜70年代のアメリカ社会。
経済的に豊かになる一方で、それまでの男性的なイケイケドンドンの思想に疑問をもった女性達は、みずからの解放と自立を目指してウーマンリブを唱えた。
対する男性達は、残酷で無益な戦争を見て、誰かと競い合って富を得る生き方に意義を感じなくなり、一部は自由と平和を唱えるヒッピーに走った……。
旧来の“肉食系”社会に疑問を抱き、女は自立に、男は草食化に向かったわけだ。
これもまさに、バブル崩壊後の日本そのもの。
あるいは若者が権力に敗れた、全共闘運動の直後の日本(70年代)にも似ている。
ではその後、80年代のアメリカはどんな変化をたどったか?
極端に言えば、肉食系の「強いアメリカ」。
81年、第40代大統領に就任したレーガンが再三、口にした言葉だ。
彼が武力行使も含めた正義感や愛国心を訴えると、それまで自信を失っていたアメリカ国民は、再び「よし!」と奮起した。
思えば、70年代後半〜80年代にかけて公開された大ヒット映画『S』や『R』『M』などは、すべて肉食系の男性が真っ向から敵に戦いを挑む、勧善懲悪のストーリーだ。
恋愛映画でも、ベタな青春ラブストーリーや不倫ものが大当たりした。
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